会報「北のみなと」No.53より
1月、厳冬期の夜、手には分厚いゴム手袋、毛糸の
しょうちゃん帽に厚手の長靴、もこもこの防寒服
姿のおじさんが、真っ暗な小学校のグランドに集まっ
てくる。
 気温はマイナス10度ほど、風は無い、ここ苫小牧は
降雪も少なく冬はよく晴れる。晴れた日は放射冷却現
象で、朝方にはマイナス15度程度まで下がることもま
まあるところである。
 最初に到着したおじさんが、照明のスイッチを入れ
る。
 水銀灯の明かりが最初はぼんやりとグランドを照ら
す。そこに木製のフェンスで囲まれた銀板が浮かび上
がって来た、アイスホッケーのリンクである。
 その傍らにある仮設ハウスのカギを開け、ストーブ
のスイッチを入れてから、放水用のホースを取りに体
育館のトイレヘ向かう。(トイレには、凍結防止の為の
暖房があり、ホースの凍結も防いでくれる)
 そのうちに仲間のおじさんが1人2人とそろって来
た。「今日もしばれるね」「水を撒くには最高だべさ」
など言いながら、ホースを水道管に差込み、3本4本
とつなげて行く。
 このホースは消火用のホースで、1本20mほどある
から、その長さは60 〜80mくらいになる。先端に放水
用のノズルを付け、ずるずるとリンクの端まで引っ張
って行く。「いいぞー」の声で、差込み口に待機してい
たおじさんが、バルブを回す。ペッタンコにつぶれて
いたホースが、差込み口から、むくむくと順番に膨れ
ていき、放水口に向かって踊っていく。ノズルを開く
と、今では、しっかりと暖まった水銀灯に、まぶしく
反射する氷面に向かって、霧状の水が、きらきらと輝
きながら落ちていく。

「今 日は寒いから、薄く撒いたほうがいいね」「今日
は4、5回撒けるかな?」「もう少しリンク厚く
したいね」「あっちの端のほう、相変わらず氷の状態悪
いなー」「昨日の練習試合、おしかったねー」「○○君
の怪我、よくなってきた?」ノズルを持って、撒くお
じさん、そのすぐ後ろでホースを持ち誘導しながら撒
きこぼしなどを確認するおじさん、後方で、ホースの
始末をしていくおじさん、そのうち、おばさんも集ま
って来た。そんな会話が、リンク上で弾んでいる。30
分ほどで、リンク全面に水が撒かれた。最初に撒いた
部分はすでに凍り始めている。ノズルを絞り、放水量
を最小にして、グラウンドの雪面に向け、ホースを置
く。
 水を止めてしまうと、ホース内が凍ってしまうので
ある。「寒い、寒い」と言いながら、おじさん、おばさ
んたちが、仮設ハウスの中に入って行く。

らは、その小学校のアイスホッケー同好会の父母
で組織する、後援会のメンバーである。
 一度水を撒くと、リンク全面が氷結するまで30分か
ら1時間かかる。完全に凍る前に2度目の水を撒いて
しまうと、氷面にひびが入ることがあり、ここは待つ
しかないのである。
 その間、先ほどのリンク上で繰り広げられた会話を
楽しんだり、 みんなで持ち込んだ食べ物や、 飲み物
(ビールもあり)で、時間を過ごす。これで、父母たち
のコミュニケーションが随分と深まる。

んな風景が苫小牧市内のほとんどの小学校で、冬
の間、繰り広げられていた。ところが最近、グラ
ウンドにリンクのフェンスが立っていない小学校が、
目立ってきている。
 新聞などによると、選手の減少で、一つの小学校で
は、チームが成り立たず、2〜3の学校が合同で、チ
ームをつくりアイスホッケーをやっているところもあ
るようだ。
 少子化現象、日本リーグの衰退やアイスホッケー人
気の下降によるプレーヤーの減少等いろいろな原因が
考えられるが、一番の問題は親の負担だと言う。
 前述のように週1回は、寒い中夜遅くまで水撒きの
当番があり用具類を買い揃えるのも結構な負担だ。室
内リンクヘの送り迎えや、各地への遠征は時間的負担
が大きい。そんな事で、子供にアイスホッケーをやら
せる事に二の足を踏む親が多い。

の経済状況では、このような負担に耐えることが
できない家庭が多くなっているのも確かだろう。
 しかし、今子供にアイスホッケーをやらせている家
庭は、皆裕福かと言うと、決してそんなことはない。
一般のサラリーマン家庭で、共働きという普通の家が
ほとんどである。子供が元気に氷の上を走り回り、パ
ックを追いかけている姿を見ると、少々の負担は我慢
しようという親心であろう。立つ(育つ)木を見るの
が、親である。

の、息子も小学3年から、アイスホッケーをやっ
ている。今高校3年だから、足掛け10年になる。
 口幅ったいが、親子関係は良好だと思っている。ア
イスホッケーというのは、親の負担は確かに大変では
あるが、それだけ強く、(特に父親が)自分の子供や、
他人の子供、さらには、他の父母に関わっていかなけ
ればならない競技である。「アイスホッケ-をやってい
る子供がいる家庭は円満な家庭が多い」という話も良
く聞く。
 昨今の家庭崩壊や虐待問題とも、無縁になるのでは
ないだろうか。

後、親の負担を減らす為、校庭のリンクを無くし
て行こうという、小学校も多いという。確かに、
競技人口を増やす為には、親の負担を減らす事も必要
であろう。しかし、この苫小牧の冬の風物詩、「リンク
の水撒き」が無くなって行くのも寂しいかぎりである。