1 | 月、厳冬期の夜、手には分厚いゴム手袋、毛糸の |
しょうちゃん帽に厚手の長靴、もこもこの防寒服 |
姿のおじさんが、真っ暗な小学校のグランドに集まっ
てくる。 |
気温はマイナス10度ほど、風は無い、ここ苫小牧は
降雪も少なく冬はよく晴れる。晴れた日は放射冷却現
象で、朝方にはマイナス15度程度まで下がることもま
まあるところである。
最初に到着したおじさんが、照明のスイッチを入れ
る。
水銀灯の明かりが最初はぼんやりとグランドを照ら
す。そこに木製のフェンスで囲まれた銀板が浮かび上
がって来た、アイスホッケーのリンクである。
その傍らにある仮設ハウスのカギを開け、ストーブ
のスイッチを入れてから、放水用のホースを取りに体
育館のトイレヘ向かう。(トイレには、凍結防止の為の
暖房があり、ホースの凍結も防いでくれる)
そのうちに仲間のおじさんが1人2人とそろって来
た。「今日もしばれるね」「水を撒くには最高だべさ」
など言いながら、ホースを水道管に差込み、3本4本
とつなげて行く。
このホースは消火用のホースで、1本20mほどある
から、その長さは60 〜80mくらいになる。先端に放水
用のノズルを付け、ずるずるとリンクの端まで引っ張
って行く。「いいぞー」の声で、差込み口に待機してい
たおじさんが、バルブを回す。ペッタンコにつぶれて
いたホースが、差込み口から、むくむくと順番に膨れ
ていき、放水口に向かって踊っていく。ノズルを開く
と、今では、しっかりと暖まった水銀灯に、まぶしく
反射する氷面に向かって、霧状の水が、きらきらと輝
きながら落ちていく。
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「今 | 日は寒いから、薄く撒いたほうがいいね」「今日 |
は4、5回撒けるかな?」「もう少しリンク厚く |
したいね」「あっちの端のほう、相変わらず氷の状態悪
いなー」「昨日の練習試合、おしかったねー」「○○君
の怪我、よくなってきた?」ノズルを持って、撒くお
じさん、そのすぐ後ろでホースを持ち誘導しながら撒
きこぼしなどを確認するおじさん、後方で、ホースの
始末をしていくおじさん、そのうち、おばさんも集ま
って来た。そんな会話が、リンク上で弾んでいる。30
分ほどで、リンク全面に水が撒かれた。最初に撒いた
部分はすでに凍り始めている。ノズルを絞り、放水量
を最小にして、グラウンドの雪面に向け、ホースを置
く。
水を止めてしまうと、ホース内が凍ってしまうので
ある。「寒い、寒い」と言いながら、おじさん、おばさ
んたちが、仮設ハウスの中に入って行く。
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彼 | らは、その小学校のアイスホッケー同好会の父母 |
で組織する、後援会のメンバーである。 |
一度水を撒くと、リンク全面が氷結するまで30分か
ら1時間かかる。完全に凍る前に2度目の水を撒いて
しまうと、氷面にひびが入ることがあり、ここは待つ
しかないのである。
その間、先ほどのリンク上で繰り広げられた会話を
楽しんだり、 みんなで持ち込んだ食べ物や、 飲み物
(ビールもあり)で、時間を過ごす。これで、父母たち
のコミュニケーションが随分と深まる。
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こ | んな風景が苫小牧市内のほとんどの小学校で、冬 |
の間、繰り広げられていた。ところが最近、グラ |
ウンドにリンクのフェンスが立っていない小学校が、
目立ってきている。
新聞などによると、選手の減少で、一つの小学校で
は、チームが成り立たず、2〜3の学校が合同で、チ
ームをつくりアイスホッケーをやっているところもあ
るようだ。
少子化現象、日本リーグの衰退やアイスホッケー人
気の下降によるプレーヤーの減少等いろいろな原因が
考えられるが、一番の問題は親の負担だと言う。
前述のように週1回は、寒い中夜遅くまで水撒きの
当番があり用具類を買い揃えるのも結構な負担だ。室
内リンクヘの送り迎えや、各地への遠征は時間的負担
が大きい。そんな事で、子供にアイスホッケーをやら
せる事に二の足を踏む親が多い。
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今 | の経済状況では、このような負担に耐えることが |
できない家庭が多くなっているのも確かだろう。 |
しかし、今子供にアイスホッケーをやらせている家
庭は、皆裕福かと言うと、決してそんなことはない。
一般のサラリーマン家庭で、共働きという普通の家が
ほとんどである。子供が元気に氷の上を走り回り、パ
ックを追いかけている姿を見ると、少々の負担は我慢
しようという親心であろう。立つ(育つ)木を見るの
が、親である。
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私 | の、息子も小学3年から、アイスホッケーをやっ |
ている。今高校3年だから、足掛け10年になる。 |
口幅ったいが、親子関係は良好だと思っている。ア
イスホッケーというのは、親の負担は確かに大変では
あるが、それだけ強く、(特に父親が)自分の子供や、
他人の子供、さらには、他の父母に関わっていかなけ
ればならない競技である。「アイスホッケ-をやってい
る子供がいる家庭は円満な家庭が多い」という話も良
く聞く。
昨今の家庭崩壊や虐待問題とも、無縁になるのでは
ないだろうか。
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今 | 後、親の負担を減らす為、校庭のリンクを無くし |
て行こうという、小学校も多いという。確かに、 |
競技人口を増やす為には、親の負担を減らす事も必要
であろう。しかし、この苫小牧の冬の風物詩、「リンク
の水撒き」が無くなって行くのも寂しいかぎりである。
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